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検証 「地方にチャンスあり」は本当か?
〜地方承継開業院長夫妻の生の声〜

匿名院長

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首都圏での新設開業件数は、ここ数年、異常な数値を記録しています。
このままの数字が続けば、犬の頭数が減って行く中で、当然、過当競争に熾烈さが増して行くことになります。

その一方で、地方では獣医師不足が現在でも深刻化しており、後継者を求めるブランド病院も多数あります。
「地方に行けばそこにはチャンスがあるのか」、首都圏での勤務医から地方で承継開業された 院長先生ご夫妻の生の声をお伺いしました。

【獣医師編】地方に行くと、手術はやれるではなく、やらねばならなくなる

西川: 勤務医先生向けにこの雑誌の創刊を決断したの は、昨年 2017 年にある数字を知ったことがきっかけでした。
それは、2016 年の首都圏、1都3県における新設 開業件数で、『242件』という数字でした。
この数字を知って、私は大変な事態が起きていると 思いました。
全国の開業件数は400件程度ですから、その約6割が 首都圏に集中していることを示す数字だったからです。
これからも首都圏での開業がチャンスになるのなら、 こうした雑誌を出して勤務医先生にこの事実を伝える 必要はありませんが、5 年後、10 年後となると、首都 圏ではどんどん競争が激しくなって、過当競争から淘 汰の時代に入っていくことは火を見るより明らかです。
一方、地方には逆にチャンスがやってくることになります。
この点をぜひとも知らしめたいと考えたからです。
獣医学生も、勤務医先生も、新設開業も、首都圏に 集中する傾向がこれからも強くなっていくものと予想されます。
そこで、先生は首都圏で勤務医をされてきて、この 事業承継で院長になる時に地方都市の大病院を承継先に選択されました。
奥様は東京で仕事をされていましたが、ご夫婦で地方に移住されました。
本日は、先生と奥様に地方都市で承継開業、移住されての経験談をお伺いできればと思います。

先生:私も、この数字にはビックリしました。
首都圏で新設開業が増えているのは、人口がどんど ん増え続けて、ビルとか、高層マンションとかがどん どんできて、街に活気があるから、そんな場所で開業 した方がうまくいくのではないかと考えている勤務医 が多いからでしょうか。

西川:はい、そうです。これは1980年代後半のバブル 期にあった不動産神話と同じで、首都圏、特に東京な ら成功できるだろうという、これも「成功神話」があ るからだろうと思っています。
また首都圏で集中的に新設件数が増えるのは、勤務 医時代に結婚する先生が増えていまして、奥様が地方に行くのは嫌だと言うので首都圏でやむを得ず開業す るしかないケースが増えているからでもあります。
承継開業のコンサルティングでも、奥様の反対で承 継できなくなったケースが多々あります。その場合は、大抵の先生が首都圏で新規で開業されます。
どこで開業するかについて、奥様がどのように考え られたのかについても本日お伺いしたいと思います。

先生:首都圏は人口は増えているでしょうが、犬の数 は増えていないと思いますが、どうなのでしょうか。

西川:はい、人口は東京に一極集中していますが、犬の頭数は全国的に減り続けています。

先生:ということは、首都圏では犬の頭数は減り続け るが、病院の数は増え続けていくことになるのでしょうか。

西川:その通りです。すでに過当競争が東京では始まっ ていますが、今後、減少していく市場を奪い合うこと になっていきます。  一方、地方では、加計学園の件で「地方に獣医師が 不足している」ことがクローズアップされましたが、 小動物臨床のみならず、大動物、公務員も、地方では 獣医師が足りない状況です。
また勤務医としての働き方で首都圏と地方との差を みた場合でも、首都圏では手術は院長がやって自分は やらせてもらえないとか、症例数が少ないという話を よく伺います。
先生の場合はどうだったのでしょうか。

先生:私が勤務医をしていた首都圏の病院は、手術は ほとんど院長がしてしまう病院でした。  これでは勤務医を続けてもスキルはアップしません。
この承継開業では、地方都市の病院を選択しました。 すると、地方ではいろんな症例の患者様が来ます。勤 務医時代とは違って、この症例を全部自分がやれるよ うになるのですが、地方ではやれると言うよりもやら ねばならなくなると言った方がいいでしょう。  難しい症例は都市部では専門病院を薦めたりします が、ここではそこまでの治療は求めていない患者様が多いので、難しい症例でも自分が全部やらなければ ならないのが、首都圏で勤務していた時とは違う点です。

西川:承継開業の相談を受ける時に、多くの勤務医先 生が気にされているのは、「地方に行くと勉強会やセミ ナーになかなか参加できなくなって、医療技術の進歩 に付いて行けなくなるのではないか」という点です。
この不安について、先生はどうだったのでしょうか。

先生:私も勉強会などには参加しづらくなるのかなと 思っていましたが、最近ではネットでセミナーや手術 が動画配信されるようになっています。
これまでは休日を利用したり、病院を休診にして参 加しなければなりませんでしたが、ネット配信ですか ら、自分が空いた時間をみつけて勉強できるようにな りました。
気になる点は何度も見て確認できるのがネット配信 での特徴ですから、これからも時間をわざわざ作って、 交通費をかけて行く必要性はないと思っています。
このIT技術のおかげで、地方でも十分に勉強できる環境ができていると思います。
今日の夜にも、手術のライブ配信があります。映像で細かいところまでみせてくれますし、質問を書き込めば、「こんな質問が来ています」とその場で答えてくれます。

西川:ネットの進化はすごいですね。
このネット配信によって、都市部と地方との情報格 差がどんどん無くなっている点は大きな変化ですね。
ただ勉強会やセミナーに参加するのは症例があって その知識が生きてくるのですから、症例数が減っていく首都圏ではいくら勉強したとしてもその知識、ノウ ハウを活かす場面が減って行くことになります。

先生:根本はここですね。症例あっての勉強ですから。

西川:8 年後の 2026 年には、高齢犬の数は4割減ると 予測しています。
一方、病院数は首都圏では年間6%増加で、10 年間 で60%増える事になります。
この2つの数字をみただけで、2026 年までの間に 何が起きるのかはハッキリしています。
2020 年以降は東京オリンピック後の不況がやって くることも予想されていますので、10 年後には日本全 体が変わってしまうことになります。

【家族・生活編】地方に行くと、子育ては友達や地域が支えてくれる

西川:生活面で首都圏におられた時と比べて、地方で の生活ではどんな変化があったのでしょうか。

先生:承継開業してもうすぐ4年になりますが、こちらに来て住みづらいと感じたことはありません。 私自身の生活スタイルは、首都圏に居た時とあまり変わってはいません。

奥様:妻の立場からですが、首都圏に住んでいました ので、近くに大きなショッピングセンターが複数ある、 充実した環境にありました。 そこから地方に引っ越すことが決まった時、一番驚 いたのは周りのお母さん方でした。 「ええ、一緒に行くの?」といった反応でしたが、「よく決断したね」とも言ってくれました。 私が地方都市での承継開業を承諾したのは、2つの理由からでした。 1つは、もともと2人ともに地方出身者で、都市部 を離れての田舎暮らしがどんなものかは知っていたの で、抵抗感がなかったからです。 そしてもう1つは、子育てについて考えた時に、「都市よりも地方の自然豊かなところでノビノビと育てた い」と日頃から夫婦で話をしてきたからです。

先生:私も地方都市を承継先としたのは、この子育て の面は大きかったです。 都市部ではマンションでも、電車内でも、子供達の 声には気を遣わなければなりません。私は家は安らぐ場と考えていますので、隣近所に気遣いしながら日々 暮らすよりも、思い切り騒いでもいい環境のある地方 に行く方がいいと思いました。

西川:首都圏から離れると、奥様の友達の反応と同じように、「ええ、引っ越すの?」と言われて、まるで「都落ち」するような感覚になってしまうという話をよく聞きますね。

奥様:都市の便利さが大事と思うと地方には行けない と思ってしまうのでしょうが、私たちは子供の教育を メインに考えてきましたので、こちらに来てよかった と思っています。

先生:私はこの地方都市の大病院の承継話を西川さんからお聞きした時、単身赴任でもいいかなと思ったこともありました。

奥様:私は家族は一緒に暮らすものだと思っていましたので、主人が地方の病院を選んだのなら、最初から一緒に行って、開業後の大変さも一緒に経験する方がいいと考えました。

西川:最近の傾向として、勤務する病院を選ぶにも、 開業する場所を選ぶにも、奥様の実家に近い所に決め る先生が増えています。 これは、子育てには親のサポートがやはり必要だからと思いますが、奥様はこの承継開業で実家からさら に離れることになりましたが、親のサポートについて はどのように対処されたのでしょうか。

奥様:「どんどん遠くに行ってしまうのでどうしよう」 と親から言われました。 そこで親には、1ヶ月間とか、長期滞在でサポート に来てもらえるようにお願いしました。 「旅行に行くつもりで来てください」とお願いして、 休日には温泉などに行くようにしました。 そして子供が幼稚園、保育所に行くようになると、 都市部からここに引っ越して来て実家からも離れているといった、私と同じ境遇の人と友達になって、皆で助け合うようになっています。

西川:都市部では友達でも共に助け合うのは難しいでしょうから、これは地方の良さですね。

奥様:そうですね。子供の送迎を交代でやるとか、何か緊急のことがあった時には子供を預かってもらうとか。 また地域としても、支え合いの仕組み、コミュニ ティーがありますので、子育て面では大いに助かって います。 あとは、主人がいかに支えてくれるかです。

西川:これは、どの家庭でも大事なことですね。

奥様:主人は仕事の空いた時間にはサポートをしてくれるので大いに助かっています。

西川:子供の教育環境が都市部と地方とでは違うので はないかと考えて、地方に行くことをやめる理由にする先生もいます。 この教育面についてはどうでしょうか。

先生:子供の進学を考えれば、都市部の方が有名塾も 多いですから都市部の方がいいと考えたこともありま したが、これもネットのお陰で、有名講師の授業がパ ソコン、スマホで見られるようになっています。 わざわざ都市部の有名塾まで通わせる必要性がなく なってきていると思います。 子供の進学のための勉強も、私の獣医師としての勉強も、IT 技術が都市部と地方との情報格差を取り除いてくれています。

西川:「都市部と地方との情報格差がどんどん無くなっ ている」のは、貴重な情報です。

奥様:「都市部がいい」というのはイメージからだと思 いますが、子供の将来とか、家族の金銭面のことを考えますと、首都圏でゼロから新規で立ち上げて大競争 を生き抜くよりも、地方で伸びている病院を引き継い で夫婦でその病院をさらに伸ばして行く。開業の場所 にこだわるよりも、病院の売り上げや院長の収入にこ だわる方が、将来の生活の安心につながるのではない かと思います。

西川:本日はありがとうございます。